自由帖

クラさんの「農」のある暮らし: 2009年10月アーカイブ

クラさんの「農」のある暮らし その24

サツマイモはこれまで本格的に作ったことがありませんでした。

理由は簡単です。耕作地が狭いために、いつも作付けの優先順位が低かったためです。

ここ数年、庭の片隅の陽があまりよく当たらないところに実験的に作ってみたのですが、収穫量が少なく、甘みもなく、家族の評判もよろしくありませんでした。

 

今年は、汚名返上とばかり、比較的栽培条件の良い場所に、ベニアズマのツル苗20本ほどを、6月に植え付けました。ジャガイモやサトイモと違って、種芋ではなくツルを植えるのですが、そのツルから地中に伸びた根の肥大化したもの(塊根)が、サツマイモと呼ばれているわけです。

ツルは液肥と降り注ぐ太陽の恵みを受けて四方八方にどんどん広がり、地中の塊根も成長し、10月には収穫の時期を迎えました。

恐る恐る掘り起こしてみると、結構な大きさに成長しており、量もそこそこでした。

 

お味はいかがかな? ふかし芋もてんぷらも、口に入れてみると、まあまあの甘さ。家族の評価も合格点で、めでたし、めでたし。

 

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さて、10月も末。

大根など、菜園の秋冬野菜たちもだいぶ大きくなってきました。

そして、タマネギの植え付けの時期がやってきました。

 

ふり返ると、「農」のある暮らしの第1回は、タマネギの植え付けの話しでした。

気の向くままに、思いついたことを書き、身の周りの野菜や木の実などを、1年間にわたって紹介してきましたが、これからはペースを落とし、何か新しい題材が出てきた時に、のんびりと書きつないでいくことにしましょう。

 

クラさんの「農」のある暮らし その23

今年も栗をたくさん収穫しました。

 

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田舎の家には、子どもの頃から栗の木があり、朝早く拾った実を囲炉裏に埋めて、焼き栗として食べたことを思い起こします。

この栗の木は枯れてしまい、今は、その後に父が植えた木が3本生い茂っています。私が仙台に出てきてから植えたものですから、樹齢はおそらく30数年というところで、もうかなりの大きさになっています。

この他にも小さな栗の木が2本ありますが、これは父が亡くなってから私が植えたもので、樹高はまだそんなには高くないのですが、「桃栗3年」の言葉通り、もう立派に実をつけています。

 

5本の木から収穫した栗は、とても我が家だけでは食べきれません。田舎のご近所など、あちらこちらにおすそ分けをして、自然の恵みを賞味していただいています。

 

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ところで栗の木といえば、縄文時代の東北では大事な建築用材であり、その実は貴重な食糧資源だったようです。

そのことを実感したのは、青森の三内丸山遺跡を訪ねたときです。

だいぶ前に、北海道・東北ネットの青森例会のあとで、小野寺・十河両先生と訪れたのですが、あの復元された巨大な櫓のような建物の柱には、直径1メートルもの栗の巨木が用いられており、遺跡からは栗の実もたくさん発掘されていたのです。

 

5000年前の縄文人の生活に思いを馳せながら、栗の実を味わうのも一興でしょう。