自由帖

テルさんの「旅」のある暮らし

1,今回は自己紹介から。                            

 私仙台市民オンブズマン初代代表です。まずこれが言いたかった。 代表を3年やってからは、オンブズマンの実務はほとんどやらず、もっぱら例会が終わった後の懇親会用の料理作りを担当している。オンブズマンには、知に優れ口も達者という人が多い。だから、その何れにも劣る私が会議に参加してもしなくとも大差はない。そう悟った私は、では私にもできる貢献はとつらつらと考えたところ、上記の貢献策を思いついたという訳である。
 例会の日には、本業を4時半頃には切り上げ、瞬間身も心も料理人に変身する。事務所に備え付けの何冊かの料理本から、3~4種類の簡単レシピをメモして、デパート等の食材売り場に直行。両手にビニール袋一杯の食材を買い込んで、例会場となっている朝市ビル内の宮城地域自治研究所の事務室に急行する。すでに5時半を回って居ることが多い。直ちに事務所のドアー向かいにある湯沸場を厨房代わりにして料理に入る。何しろ湯沸場だから火元二つの小さなガスコンロと小さな流し場しかない。ここで、2時間位の間精神を統一して調理に臨み、15人前から20人前の料理を3~4品作り上げるのである。味や見た目は別として、この時間でこれだけの品数を作るのはなかなかの技で、一朝にしては出来ないであろう。(同僚小野寺信一君も近時料理に目覚め、この料理担当をしたことがあるが、まだまだ時間の点で私と2~3朝の差がある。どうか精進を重ねて追いついて下さい)。

 料理の現場を見たら誰しもビックリするに違いない。何しろ場所が狭いから、鍋、釜、フライパンや、切り刻んだ食材、出来上がった料理の置き場所がなく、必然的に唯一の空間である足下の床に所狭しと置くことになるのである。これは決して美しい光景とはいえない。仮に、この現場を保健所の人に見られたら、即、営業停止処分を受けるであろうし、過敏性潔癖症候群の人が見たら、料理を口にしないであろう。しかし、会議に夢中のオンブズマン諸兄は、料理が出来上がる過程を見ていないので、何とも言わずに、時には「美味い」などと言いながら食べてくれている。有り難いことである。           この間、オンブズマン結成15周年記念の行事をやったから、これをもう13年も続けている計算となる。例会は月1回だから、合計すると160回以上、料理数にして最低に計算しても480品。有森裕子さんではないが、これはもう自分を褒めたやりたい位だ。
  問題は、この料理作りがオンブズマン活動にとって、どの程度の貢献になっているかであるが、まあそれ相応にはなっているんだろうと勝手に思っている。何しろ、会議が終わるや否や、会議室は宴会場にと早変わりし、私の手料理を肴にして種々雑多な話に花が咲き、談笑が続くのだから。

2、では、テーマについて一言                           

 ゴチャゴチャと前口上にお付き合いをさせて申し訳ありませんでした。今度は、テーマとの関わりで一言。言うまでもなく、これは先行して健筆をふるっている庫山さんの「クラさんの『農」のある暮らし」の言い回しっを無断で借用したもの。(ごめんなさい)。 私は、学生時代に、今で言うバックパッカー(当時はカニ族)をして以来、旅が好きになり、しばらく行かないと体全体に悪いガスが溜まったような気分となり、仕事にも気合いが入らない状態となってしまうのである。そこで、やむなく年に何度かの大中小の旅行をしてガス抜きをしているという訳である。また、仕事柄、あちこち出かける機会も多い。
 旅に出れば、誰しもいろんな物を見たり聞いたり感じたりする。要するに書くネタには事欠かない。それもあって選んだものである。「テルさん」は私が足繁く通っている居酒屋で呼ばれている愛称である。
  では、次回から。  

                                       輝雄